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高円寺は本当に日本のインドなのか
2013/05/19

かつて、みうらじゅん氏は著書『青春の正体』(KKベストセラーズ、2005年)にて、高円寺についてこう記している。

“高円寺は、日本のインドである”

東京都杉並区高円寺。この街に住む人間はとにかくこの言葉を聞くことが多いのだ。雑多でテキトーな高円寺の日常を眺めながら「まあ〜高円寺は日本のインドだから仕方がないよね〜」と、沖縄料理屋「泡瓶」で海ぶどうをつまむ。まるで古くからある慣用句のように、若干のしたり顔でそうつぶやくのである。

ここが「日本のインド」の駅前

ここが「日本のインド」の駅前


確かに高円寺にはインド料理屋やインド雑貨の店が多い。そういや僕がよく行く水タバコ屋にもインド人が出入りしているのをよく見かける。そもそも、このごちゃごちゃとしたザ・カオスな街高円寺と、そこに住む高円寺民の思想がインドのそれに似ていると言われるのもうなずける。(インド行ったことないけど)

ではでは、仮に高円寺が日本のインドであるならば、こんな実験もまかり通るはずだ。

「インドの雑踏の音を聞きながら高円寺を歩くと、そこはインドになるのか!?」

ヘッドホンでインドの雑踏の音を聞きながら高円寺を歩けば、そこはインドになるのでは? なんとも短絡的な実験ではあるが、聴覚を騙すだけで高円寺がインドに見えてくるとしたら、高円寺はやはりインドに限りなく近い街と言えるかもしれない。

それに、なんて安上がりに旅行気分が味わえるのだろう。「インド行って自分探ししたい」などとぬかす学生は今すぐ高円寺来いよ、ってな話になる。それで本当の自分を見つけちゃったりしたら得した気分じゃないか。「高円寺で本当の自分見つけたったwwww」ってスレタイが目に浮かぶ。

そこで、世界を旅しているバックパッカーな友人にFacebookでお願いし(今っぽい)インドの街の音を録音してきてもらった。

では早速、街に出て試してみよう!

インドを詰め込んだヘッドホンを耳に街へ

インドを詰め込んだヘッドホンを耳に街へ


格安航空会社もびっくりな格安インド旅行のはじまりです

格安航空会社もびっくりな格安インド旅行のはじまりです



インドの音を聞きながら高円寺を散歩する


まずは高円寺駅北口の大一市場あたりをふらふらと歩く。インドの雑踏音が僕の聴覚を支配する。まるで言語と化した車の(ハイパーうるさい)クラクション。人々の喧噪。遠くで響く鐘の音。録音者に語りかける客引きの片言な日本語。
それらひとつひとつのノイズが見事に調和され「インド」を構築しているように思える。(インド行ったことないけど)

うまそうな餃子のにおい。しかしカレー臭に置換可能

うまそうな餃子のにおい。しかしカレー臭に置換可能


どぎついインド音に僕の脳がぶりっぶりに騙されながらも、僕は高円寺を歩き続けた。目の前を過ぎる買い物帰りの主婦やデート中の若いカップル。いつも見ているはずのそんな人々の姿が、どこか遠い異国の人々と重なる。音を支配されるだけでこれだけのトリップ感が味わえるとは、なかなか面白い感覚だ。貧乏性な僕は「趣味」として今後も続けそうで怖い。

ああ、ここはぜったいデリーの市場だ

ああ、ここはぜったいデリーの市場だ


うまそうなタンドリーチキンだなあ

うまそうなタンドリーチキンだなあ


頭が痛くなるほどのクラクション音が、今ではどうだろう。すっかり心地の良いインド音となってしまった。雑多で、ひどくアンバランスに見える高円寺。でもそこでは必ず人がかすがいになっていて、絶妙にバランスがとれている。
夢を歌うギタリスト。ワンカップ片手に上機嫌なおっちゃん。駅前で寝転がる若者。髪がピンク色の洋食屋のおばちゃん。
カオスを積み上げたこの街は、インド音とのセッションにより、今確かにインドとなった。
ああ、僕はインドにいる。ここは、日本のインドだ。そう断言できるよ。

インドでした

インドでした


半信半疑でやってみたこの実験だったが、なんとも見事に高円寺はインドになってしまった。(インド行ったことないけど)
なんてことだろう。普段耳にしている「雑踏の音」を変えるだけでここまで街が違って見えるなんて。これは大発見である。

結論:インドの雑踏の音を聞きながら高円寺を歩くと、そこはインドになる!



……と、ここでふと思う。

高円寺でインドの音を聞きながら歩くと、そこはインドになった。ならば、インドで高円寺の音を聞きながら歩いたら、そこは高円寺になるのではなかろうか!?


「高円寺は日本のインドでしたー」で終わらそうと思っていたこの実験。しかし新たなる疑問が生まれてからというもの、僕はインドを気にしないわけにはいかなかった。それまで名字しか知らなかったクラスメイトの女の子を、ある日の接触をきっかけに意識し始めてしまったあの頃のように。
インド。僕にとって無縁だったこの国に、僕は行かなければいけない理由ができてしまった。

その昔、とある冒険者はこう言った。

“人はインドに行くのではなく、インドに呼ばれるのだ”と。


というわけで

というわけで


呼ばれました

呼ばれました



日本から9時間。僕はインドに辿り着いた。そしてタージマハルも見ずに12時間電車に揺られ、聖地バラナシに到着。なんか、犬と牛がいっぱいいる。

高円寺の音を聞きながらインドを散歩する


この高円寺ヘッドホンでインドに挑む

この高円寺ヘッドホンでインドに挑む



早速、高円寺で録音してきた雑踏の音をヘッドホンで聞きながらバラナシを歩く。ヘッドホンからはおばちゃんたちの雑談や、ストリートミュージシャンの心地よいギターの音が聞こえる。ああ、高円寺。優しい高円寺が僕の耳に流れてくる。インドが、僕の大好きな高円寺に包まれていく。

しかしながら、日本では見ることのない鮮やかな衣服を着た人々が目の前を行き交い、多数のリキシャーが脇をかすめる。けたたましいクラクションがヘッドホンを突き破り、強烈なスパイスと牛糞の匂いが鼻腔を制圧する。気を抜くと、インドが、インドが僕を浸食してくる。

やだ、インド感はんぱない

やだ、インド感はんぱない


すれ違うバラナシの人々はみな僕を見つめる。彼らの熱く鋭い視線は僕を高円寺への逃避行からインドへと容赦なく引きずり戻す。耳には高円寺駅前、高野青果の威勢の良い声が聞こえはじめた。しかしその声も目の前に広がるインドにことごとく潰される。圧倒的インド感。ここは、高円寺じゃない。

ここはどこだ。インドだ

ここはどこだ。インドだ


結局、高円寺の音を聞いたところで、インドは高円寺にはなれなかった。インド超強い。インド本気出しすぎ。なんだこの国。高円寺フルボッコである。


結論:高円寺は日本のインドだが、インドはインドである!




「高円寺の音」「インドの音」をそれぞれアップしました。皆さんもインドにお出かけの際は、是非高円寺になるかどうか試してみてください。もちろん、高円寺でインド感味わう方が簡単でおすすめです。





[ライター/酒井栄太 カメラ/瀬戸口竜ノ介]



 

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酒井 栄太(エヒタ)
酒井 栄太(エヒタ)
1981年横浜生まれ。高円寺在住。Concentの編集長です。 胃腸が弱いのにコーヒーが好きです。

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